読書メモ

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【特集イントロダクション】社会規範への数理社会学アプローチ (大林 真也, 2017)

【特集イントロダクション】社会規範への数理社会学アプローチ (大林 真也, 2017)

論文誌『理論と方法』の社会規範特集のイントロダクションとなる論文。近年の社会学と経済学における、社会規範研究の概要をレビューしている。

どうやら近年の社会学ゲーム理論における研究では、社会規範を被説明項ではなく説明項として扱うのがトレンドらしく、私の様に、社会規範の生成から消滅までのメカニズム自体に関心がある者は亜流のようだ。(本当か?)

1 イントロダクション

1.1 問題の所在

  • 社会規範研究は、心理学、経済学、法学、政治学、哲学、社会学、生物学などで行われている。共通言語は数学である。本論で扱う社会規範研究は、社会学と経済学 (主にゲーム理論) による研究に限定されている。
  • 社会規範に関する研究は多いが、それぞればらばらで、各研究間の関係がわかりにくい状況にある。

1.2 社会規範の定義

社会規範とは、相互依存状況において、”望ましい行為”を指定することによって、個々人の期待や行動を調整し、それがなければ実現が困難だった社会状態に導くようなインフォーマルな社会的ルールである (暫定的な広めの定義)。

  • 望ましい行為”に含まれる価値基準には、道徳性、倫理性、効率性が含まれている。また、行為自体の価値である場合 (非帰結主義) と、行為自体に価値はないが、何らかの帰結から逆算した場合 (帰結主義) を含む。価値基準が個人に内面化されている場合とされていない場合を含む。

  • 行動を調整するとは、行動の範囲や選択肢を制限し、予期可能性を高めること。

  • ルールには規制的 (regulative) ルールと構成的 (constructive) ルールの二つを含んでいる。

    • 規制的ルール: 行動を規制するルール。例: XならばYせよ (指示)。Xしたら罰する (罰)。
    • 構成的ルール: 行動に意味を与えるルール。Cという文脈においてXをYとみなす。

2 従来研究の整理

2.1 社会学における社会規範研究

主意主義的行為理論 (パーソンズ)

  • 目的ー手段図式に基づいた意思決定を基本とする。
  • 手段を制限するものとして社会規範を考える。
  • 手段の正統性に焦点が当てられている。
    • 手段の正統性には、社会的に適当であると認められているという含意がある。
    • 手段の正当性には、道徳的な価値基準も含んでいる。この価値基準は結果ではなく手段に対して付与されている。
  • このような社会規範が維持されるメカニズムとして、個人による規範の内面化とサンクション(罰)がある。

意味学派 (ガーフィンケルゴッフマン、サックス)

  • Parsons が社会規範によって行為が制限されるという側面を強調したのに対して、意味学派は社会規範によって行為が可能になるという側面を強調した。
  • 意味学派は、行為を通じて、個々人が担っている役割や行為の意味を理解することによって相互行為が可能になると考える。
  • 社会規範を、成員カテゴリー化装置や状況を定義するための意味の枠組み (フレーム) として、理解するのが意味学派の大きな特徴である。

2.2 数理的研究における社会規範研究

  • ここで数理的研究とはゲーム理論研究を意味している。
  • 社会規範とは、パレート効率性の観点とサンクション行動 (の脅し) を含む「共有された戦略」である。
  • パレート効率性とサンクションを含まないものは、「慣習」として定義される。
  • ゲーム理論においては、社会規範を 1.2 における規制的ルールに限定している。
  • プレイヤーの相互依存状況を分析できるのがゲーム理論の強み。
  • ゲーム状況の意味解釈は、分析者が予め決定しており、それ以外に解釈する余地は少ない。
  • 帰結主義であり、行為そのものに対する望ましさの側面を扱うことは困難。

2.3 各分野の長所・短所

メリット デメリット
社会学 概念の豊富さ
(内面化, 状況の定義, 適切さ, 正当性, サンクション, ...)
- 各概念の定義が曖昧
- 故に厳密な分析が難しい
ゲーム理論 複数行為者間の相互行為を正確に分析できる。 - 帰結主義的にしか問題を扱えない。
- 評価関数が効率性に偏りがち。

【コメント: 帰結主義的にしか問題を扱えないのは本当にデメリットなのか?】

3 近年の数理的研究の動向

3.1 調整問題解決あるいは均衡選択としての社会規範

  • 均衡としての社会規範から、ルールとしての社会規範へ。(Gintis, Binmore, Greif)
    • 振付師 (choreographer) としての社会規範 (Gintis 2009, 2010)。
    • 均衡選択問題を解決するものとしての社会規範 (Binmore 1994, 1998, 2010)。Schelling のフォーカルポイントに近い考え方。
    • 社会規範を被説明項ではなく説明項として扱う、これらの考え方は、従来の社会学のアプローチに近い。

【コメント: 社会規範こそが説明されるべき根本問題だと思ってた。社会規範を説明項として行為を説明できたとしても何が嬉しいんだ?】

3.2 フレームとしての社会規範

  • 近年では、Bicchieri, Kroneberg, Montgomery らが、フレームとしての社会規範、すなわち状況を定義するために必要な意味の枠組みを提供するものとしての社会規範を定式化し、分析を試みている。

3.3 行為の価値としての社会規範

  • 社会規範を価値基準として考える研究もある。
  • 価値を選好として定式化している。
  • 選好が帰結に対して付与されるため、帰結主義的な立場にならざるを得ない点が問題。
  • この問題にトライしたのが Heath (2011) である。彼は Savage の選好理論を検討した結果、ゲーム理論に非帰結主義的要素を組み込むことは可能であると結論づけた。そして道徳性をモデルに組み込む方法を提示した。詳細は『ルールに従う (ジョセフ・ヒース)』を参照。

【コメント: 道徳性も規範の一種だし、その道徳性がどの様に発生・維持されるのかは説明が必要なのでは?むしろそれに興味がある。】

4 社会規範研究の今後

4.1 近年の動向の特徴

  • 社会規範を均衡として定義しない。
    • むしろ、均衡を可能にする、ルール・選好・意味の枠組みとして社会規範を捉える方向に転換している。均衡は社会規範が機能した結果。
    • 従来の数理的研究では、「社会規範の結果としての行為 (社会規範 → 行為)」からの離脱を試み、「行為の結果としての社会規範 (行為 → 社会規範)」への転換が図られてきたが、近年は、行為に影響を与えるものとして適切に社会規範を導入して社会現象を説明しようとする方向 (社会規範 → 行為) に戻りつつある。
  • 近年の数理的研究は社会学の研究を参照していることが多い。
  • 数理モデルのスコープ
    • 数理モデルの説明可能な範囲を明らかにすることが重要。
    • 一つの数理モデルで説明できない事象に直面したら、すぐにモデルを拡張しようとするのではなく、その他のモデルが使えないかの検討や、使えそうな他のモデルと元のモデルとの比較検討などが大事。

4.2 特集の構成

  1. 数理モデルにおける法:規範と法 (飯田 高)
  2. 寛容する連帯の規範的構成 (三隅 一人)
  3. 繰り返しゲームにおける社会規範の内面化と自己制裁:規範に従う心 (吉良 洋輔)
  4. 内面化と言った時、その意味が曖昧なことが多いが、当論文では内面化を「自己制裁」として定式化している。
  5. 選好の進化による性別役割分業の変動分析:規範と選好 (毛塚 和宏)
  6. 社会規範を選好として定式化し、進化ゲーム理論によって選好の進化を分析している。社会規範を選好としてモデルに組み込む時、仮定がアドホックになりがちという問題があるが、選好の進化可能性を分析することで、その選好の妥当性を検討し、この問題を回避している。