ゲーム理論・入門 新版 (岡田章) 第10章 グループ形成と利得分配
ゲーム理論 新版 が難しすぎたので、ゲーム理論・入門 新版--人間社会の理解のために (有斐閣アルマ) から読むことにした。
09章 交渉ゲームでは 2 人のプレイヤーの交渉問題を考えたが、この章では、3 人以上のプレイヤーの交渉問題と、このゲームにおける解概念としてコアやシャープレイ値を説明する。
3 人以上の交渉問題の定式化
- 3 人以上の交渉問題において、協力を目的として作られるプレイヤーのグループを提携という。
- ある提携 に対して提携の価値 を対応させる関数 を特性関数という。
- プレイヤーの集合 と特性関数 の組 で表されるゲームを、提携形 人ゲームまたは特性関数形 人ゲームという。
- 互いに交わらない2つのどんな提携 と提携 に対しても と の価値の合計より と を合併した提携 の価値の方が大きいか等しい時、すなわち であるとき、特性関数は優加法的であるという。また、優加法的な特性関数を持つゲームを、単に優加法的ゲームという。
例1: 起業ゲーム
- プレイヤーA, B, C () が共同で起業しようとしている。
- プレイヤーが可能な提携は全部で7通り。
- 人提携:
- 人提携:
- 人提携:
- 各提携に対する収益は下記の通り。
- 優加法性の確認。
- どの2人も1人だけで起業したときの2人の収益の和より、2人共同で起業した時の収益の方が大きい。
- 2人で起業した時の収益と残りの1人が単独で起業した時の収益の和よりも、3人共同で起業した時の収益の方が大きい。
- どの2人も1人だけで起業したときの2人の収益の和より、2人共同で起業した時の収益の方が大きい。
2 人の交渉問題の分析と同じ様に、提携形 人ゲームの分析には、協力ゲーム理論によるアプローチと非協力ゲーム理論によるアプローチ (戦略的アプローチ) がある。
協力ゲーム理論によるアプローチ
- 2人の交渉問題の解と同様、協力ゲーム理論の基本的な公理としてパレート最適性と個人合理性がある。
- 協力ゲーム理論では、パレート最適性と個人合理性の2つの性質を満たす利得ベクトルを、ゲームの配分という。
- 優加法的なゲームにおいて、プレイヤーの利得ベクトル が を満たす時、 は ( に関して) 実現可能であるという。
- パレート最適
- 個人合理性
- 提携形 人ゲームの実現可能な利得ベクトル が個人合理性を満たすとは、全ての に対して が成り立つ時をいう。
- 右辺の は、プレイヤーが他の誰とも協力しない時の利得。左辺の は他のプレイヤーと何らかの協力をして得られる利得。つまり、全てのプレイヤーにとって、単独でいるよりも、何らかの協力をした方が、同等かより大きな利得が得られるということを示している。
- 図形的には、 を満たす3人ゲームの配分は高さ の正三角形で表される。
コア
- 協力ゲームの代表的な解がコアである。
- また、提携合理性とは、個人合理性の考え方を提携レベルに拡張し、もし利得ベクトル において、ある提携 の全メンバーの利得の合計が提携 だけで獲得可能な総利得 より小さいならば、提携 (もしくはそのメンバー) は利得ベクトル に合意しないという考え方である。
- 定義 10.3
提携形 人ゲームの実現可能な利得ベクトル が提携合理性を満たすとは、 の全ての提携 に対して、 が成り立つ時をいう。 - 定義 10.4
提携形 人ゲームのコアとは、提携合理性を満たす配分の集合である。 - 定理 10.1
優加法的ゲームでは、コアは他の配分に支配されない配分の集合と等しい。
例1: 起業ゲーム
起業ゲームのコアを計算する。
コアは次の等式および不等式を満たす。
これを、1人提携の利得の値が0になるように、、、 と変数変換をすると、下記の様になる。このような変換をゼロ正規化と呼ぶ。
これを解くと、
となる。これがこのゲームのコアである。図形で表すと下記三角形内の濃いブルー部分となる。
また、ゼロ正規化前の変数で表すと、
となる。これは何を意味しているかと言うと、例えば
- コアの範囲外の配分 だと、AとBだけで起業した場合200万円得られるはずなので、AとBはこの配分に納得しない。
- コアの範囲内の配分 だと、全てのメンバーにとって3人で起業することが最適となるので、この配分に納得する。
つまり、コアとは、どのプレイヤーも不満を持たない配分の集合である。
例2: 多数決ゲーム
コアを持たないゲームの例として多数決ゲームを考える。
3人での多数決ゲームは次の様に定式化できる。
このゲームの提携合理性を満たす配分の条件は、
である。ここで、2〜4番目の式の両辺を足すと となり、1番目の式に矛盾するので、提携合理性を満たす配分の集合は空集合であり、コアは存在しない。つまり、どんな配分であれ常に誰かが不満を持つ。
定理 10.2
ゼロ正規化された3人ゲームのコアが存在するための必要かつ十分条件は、
が成り立つことである。
シャープレイ値
コアとともに代表的な協力解にシャープレイ値がある。シャープレイ値はコアとは異なり、常にただ一つだけ存在する。
例1: 起業ゲーム
シャープレイ値の計算方法を起業ゲームの例で見ていく。
特性関数を再掲する。
シャープレイ値は、3人が順に起業に参加するとして、各プレイヤーが参加すると、どれだけ収益を増やすか (限界貢献度) に注目する。起業に参加する順番によって各プレイヤーの限界貢献度は変わってくるが、各順序は同じ確率で実現すると想定して、各順序の限界貢献度の平均値を算出する。この値をシャープレイ値という。
参加順序 | Aの限界貢献度 | Bの限界貢献度 | Cの限界貢献度 |
---|---|---|---|
A -> B -> C | 60 | 140 | 40 |
A -> C -> B | 60 | 90 | 90 |
B -> A -> C | 160 | 40 | 40 |
B -> C -> A | 140 | 40 | 60 |
C -> A -> B | 130 | 90 | 20 |
C -> B -> A | 140 | 80 | 20 |
平均値 | 115 | 80 | 45 |
シャープレイは、パレート最適性、ナルプレイヤー、対称性、加法性という4つの公理を満たす唯一の配分がシャープレイ値として導かれることを証明した。
- ナルプレイヤーの公理: どんな提携に対する限界貢献度も0であるプレイヤー (ナルプレイヤー) のシャープレイ値は0である。
- 対称性の公理: 全ての提携に対する限界貢献度が等しい2人のプレイヤー (対称なプレイヤー) のシャープレイ値は等しい。
- 加法性の公理: 2つのゲーム と の和として定式化されるゲーム のシャープレイ値は、それぞれのゲームのシャープレイ値の和である。
非協力ゲーム理論によるアプローチ (戦略的アプローチ)
9章と同様に、交渉のプロセスをダイナミックなゲームとして定式化し、協力ゲーム理論による協力解が非協力ゲーム理論による均衡点 (ナッシュ均衡点や部分ゲーム完全均衡点) によって実現できるかどうかを考える。特に、コアやシャープレイ値が公理として前提とするパレート最適性が交渉ゲームの均衡として実現できるかどうかに注目する。尚、優加法的ゲームでは、パレート最適性は全体提携の形成を意味する。
例3: 3人対称ゲーム
ゲームの状況
- プレイヤー集合は
- 特性関数は、
- (但し、)
つまり、「3人が協力すると全体で利得1が得られる。2人だけの協力では1より小さい利得aが得られる。協力しない時の利得は0。この時、どの様な提携が形成され、利得はどの様に分配されるだろうか?」という問題を考える。
ダイナミックなゲームとして定式化
- このゲーム状況は、交互提案ゲームとして定式化できる。
- 誰が提案者になるかは交渉に大きな影響を持つので、提案者はランダムに選ばれるものとする。
- 交渉のルール
- 提案者がランダムに選ばれる。
- 選ばれた提案者は、提携とその利得分配を提案する。
- 提携の他のメンバーが順次、提案を受け入れるかどうかを選択する。
- もし全員が提案を受け入れるならばゲームは終了。もし誰かが提案を拒否すれば、1に戻る。
- 将来利得に対する割引因子を とする。
- この交渉ルールはランダムな提案者ルールと呼ばれている。
部分ゲーム完全均衡点
ここでは、どの交渉ラウンドでもプレイヤーは同じ戦略を採用する定常部分ゲーム完全均衡点に注目して、全員提携が形成される条件を求める。
- プレイヤー の期待利得 の条件
- 被提案プレイヤーは、 以上の利得を提案されたらそれを受け入れるのが合理的である。なぜなら、交渉を拒否すれば、交渉は次のラウンドに進み、プレイヤー の割引期待利得は となるからである。
- 従って、もしプレイヤー1が提案者に選ばれた場合は、3人提携の利得分配として を提案し、プレイヤー2と3はこれを受け入れる。
- これにより、プレイヤー1の期待利得は となる。右辺第1項は、提案者の時の利得、第2項は被提案者のときの利得を示している。
- この式を変形し、プレイヤー2と3に関しても同様に考えると、下記が成り立つ。
- これを解くと、 となる。
- a の条件
以上をまとめると、割引因子が限りなく1に近い時、ランダムな提案者ルールをもつ交渉ゲームの定常部分ゲーム完全均衡点において、3人対称ゲームの全員提携が形成されるための必要かつ十分条件は、ゲームのコアが存在することである。この時、プレイヤーの均衡期待利得は であり、提携内の分配は均等分配 となる。
これにより、3人対称ゲームでは、コアが存在するならば全員提携の形成が合意されるが、コアが存在しないゲームでは全員提携の成立は必ずしも保証されないことが分かる。
市場ゲーム
市場の取引も協力ゲームの応用として考えることができる。
例4: 1人の売り手と2人の買い手
ゲームの状況
- プレイヤーAは自転車を売りたいと思っている。
- プレイヤーBとCはAの自転車を値段によっては買いたいと思っている。
- プレイヤーAは自分の自転車を5,000円と評価しており、5,000円以上ならば売っても良いと考えている。
- プレイヤーBとCの評価額は、それぞれ6,000円と7,000円であり、この価格以下なら買っても良いと考えている。
さて、プレイヤーAの自転車を、誰がいくらで買うだろうか?
定式化
特性関数は、
- 、
- 、、
と表すことができ、これをゼロ正規化すると、
- 、、
となる。
協力解
コアの条件は、
となり、これを解くと、
となる。
これは、取引はプレイヤーAとCとの間で成立し、取引価格は6,000円から7,000円の間の任意の価格となることを示している。
また、これは経済学の価格理論における競争均衡配分とも一致する。