読書メモ

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都市空間の経済学 第2章 家計の住居選択 (2.4 家計の均衡立地点 〜 2.5 モデルの拡張)

2.4 家計の均衡立地点

これまでの分析は、「もしそこに家計が住んでいたら」という仮定の元での分析だったが、現実には、地代は決まっている。 ここでは、地代曲線を所与のものとして、家計の均衡立地点がどのように決定されるかを検討する。

図2.7 均衡立地点の決定

まずは図形的にアプローチする。

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  • 横軸はCBDから家計までの距離。
  • 縦軸は地代。
  •  R(r) は市場地代曲線で、所与のものとする。
  • 定義2.1 付け値: 付け値  \Psi (r, u) は所与の効用水準  u を維持しつつ、距離  r の位置に居住するために家計が支払うことができる土地1単位当りの最高の地代である。
  • ここで  \Psi (r, u) は無差別曲線のかたちをとる。
  •  u_2 という高い効用水準を前提とすると、住む場所がなく、効用水準を下げていく必要がある。
  • 効用水準を下げていって (図形的には曲線  \Psi を上に平行移動) はじめて  R(r) と接する効用水準が  u^*。その時の距離を  r^* とし、これを均衡立地点という。

ルール2.2 (個人の立地均衡)

図2.7で言っていることは、ざっくりと以下の様に表すことができる。

「家計の均衡立地点は、付け値曲線が下方から市場地代曲線に接する位置である。(ルール2.1')」

さらに、図2.7で言っていることを数式で表すなら、以下の様になる。

 u^* = V (R (r^*), Y - T (r^*)) \tag{2.33}

かつ、全ての  r に対して、

 u^* \geq V (R (r), Y - T (r)) \tag{2.34}

が成り立つ。

if and only if

 u^* が家計の均衡効用水準となり、 r^* が最適立地点となる。

但し、

  • 家計が都市で達成できる最大効用をその家計の均衡効用水準と呼び  u^* で表す。
  • 各立地点  r で家計が達成できる最大効用は  V (R(r), Y - T(r))

これは、以下の様に書き直すことができる。

「市場地代曲線  R(r) を所与とすれば、  R(r^*) = \Psi (r^*, u^*) かつ、全ての  r に対して、  R(r) \geq \Psi (r, u^*)が成立する。

if and only if

 u^* が家計の均衡効用水準となり、 r^* が最適立地点となる。(ルール2.1)」

  • このルールは曲線  R(r) および  \Psi (r, u) がどの様な形状であっても妥当である。
  • 均衡効用水準  u^* に対応する付け値曲線  \Psi (r, u^*) を均衡付け値曲線と呼ぶ。

ミュースの条件

曲線  R(r) および  \Psi (r, u^*) r^* において滑らかであるとすれば、両者が  r^* において接するということは、

 \dfrac{\partial \Psi (r^*, u^*)}{\partial r} = R'(r^*) \tag{2.36}

を意味する (付け値曲線を距離で偏微分したものは市場地代曲線の傾きと一致する)。

式2.36と式2.27より

 T'(r^*) = - R'(r^*) S (r^*, u^*) \tag{2.37}

を得る。これはミュースの条件と呼ばれ、均衡立地点において限界交通費用  T'(r^*) が、限界的な土地費用の節約  - R'(r^*) S (r^*, u^*) に等しいことを述べている。

この等式が成り立たないときは、家計がCBDから遠すぎるか近すぎるということ。遠すぎるなら近づく、近すぎるなら遠ざかることによって、効用を高めることができる。

最適立地点  r^* での均衡敷地規模は、付け値最大化敷地規模に等しい。つまり、

 \hat{s} (R (r^*), Y - T (r^*)) = S (r^*, u^*) \tag{2.38}

家計が複数存在する場合

付け値曲線の傾きが急な家計  i と傾きが緩やかな家計  j がいる。どっちがCBDに近く住むでしょう?

図を見れば急な家計  i の方が近くに住むのは自明。このように図から読み取れることを数学的に言っているのがルール2.2、定義2.2、定義2.2'、ルール2.3。

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ルール2.2

家計  i および  j がいて、それぞれ付け値関数  \Psi_i (r, u) \Psi_j (r, u) を持つとする。

異なる家計の均衡立地点をCBDからの距離で順序付ける一般的なルールは、以下の通りである。

家計  i の均衡付け値曲線  \Psi_i (r, u_i^*) と家計  j の均衡付け値曲線  \Psi_j (r, u_j^*) が一回だけ交わり、かつ、 \Psi_i (r, u_i^*) の勾配の絶対値が交点において、 \Psi_j (r, u_j^*) の勾配よりも大ならば、家計  i の均衡立地点は家計  j の均衡立地点よりもCBDに近い。

定義2.2

付け値関数  \Psi_i および  \Psi_j r に関して連続であるとき、「命題1  \Longleftrightarrow 命題2」である。

命題1:  \Psi_i \Psi_j より勾配が大である。

命題2: ある  (x, u_i, u_j) に対して、 \Psi_i (x, u_i) = \Psi_j (x, u_j) > 0 が成立するときは常に

 \Psi_i (r, u_i) > \Psi_j (r, u_j) ( 0 \leq r \lt x となる全ての  r に対して)

 \Psi_i (r, u_i) \lt \Psi_j (r, u_j) ( x \lt r \ , \ \Psi_i (r, u_i) > 0 となる全ての  r に対して)

が成立する。

定義2.2'

付け値関数  \Psi_i および  \Psi_j r に関して非増加的かつ微分可能であるものとする。次の条件が満たされるならば、 \Psi_i \Psi_j より勾配が大である。 \Psi_i (x, u_i) = \Psi_j (x, u_j) > 0 が成立するときは常に、 r = x において  \dfrac{\partial \Psi_i (r, u_i)}{\partial r} > \dfrac{\partial \Psi_j (r, u_j)}{\partial r} が成立する。

ルール2.3

家計  i の付け値関数が家計  j の付け値関数より勾配が大であれば、家計  i の均衡立地点は家計  j の均衡立地点よりもCBDに近い。

命題2.1

他の条件が同じならば、高額所得者は低額所得者よりもCBDから遠くに立地する。

2.5 モデルの拡張

2.5.1 時間を含むモデル

住居選択の基本モデル (再掲)

これまでは定義2.1の話をずっとしてきた。以下再掲。

<式2.1 住居選択の基本モデル>

家計の住居選択を  max_{r,z,s} U(z, s) \ \ \ s.t. \ z + R(r)s = Y - T(r), r \geq 0, z > 0, s > 0 と表すことができる。

  •  U(z, s): 効用関数
  •  z: 土地以外の全ての消費財を含む合成財の量。なお、合成財は価値尺度財に選ばれており、したがってその価格は1である。
  •  s: 土地の消費もしくは住宅の敷地規模 (lot size)。
  •  Y: 家計の1期間当りの所得
  •  r: 家計とCBDとの距離
  •  R(r): 距離 rにおける土地1単位当りの地代
  •  T(r): 距離 rにおける交通費用
  •  Y - T(r): 距離 rにおける純所得

住居選択の時間を含むモデル

この基本モデルに通勤の時間的コスト (時給換算コスト) を導入して拡張すると、家計の住居選択を下記の様に表せる。

<式2.42 住居選択の時間を含むモデル>

 max_{r,z,s,t_l, t_w} U(z, s, t_l) \ \ s.t. \ z + R(r)s + ar = Y_N + W t_w \tag{2.42}

  •  U (x, s, t_l): 効用関数
  • 予算制約  z + R(r)s + ar = Y_N + W t_w の元で、効用を最大化する。
  •  \bar{t}: 総利用可能時間。家計の時間的制約は、 t_l + t_w + b_r = \bar{t} で与えられる。
    •  t_l: 余暇時間。l は leisure の l。
    •  t_w: 労働時間。
    •  b_r: 通勤時間。
    • 家計が自由に余暇および労働時間を選択できるものと仮定する。
  • 家計の総所得は  Y_N + W t_w
    •  Y_N: 非賃金所得。
    •  W t_w: 賃金所得。
    •  W: 賃金率。
  •  ar: 交通費用
    •  a: 単位距離あたりの金銭的通勤費用。

式2.42に  t_w = \bar{t} - t_l - b_r を代入して、 t_w を消すと、以下の様になる。

 max_{r,z,s,t_l} U(z, s, t_l) \ \ s.t. \ z + R(r)s + W t_l = I(r) \tag{2.43}

  •  I(r) ≡ Y_N + I_W (r) - ar: 余暇をとらなかった場合の純所得。潜在的純所得。
  •  I_W(r) ≡ W(\bar{t} - br): 労働時間と余暇時間を時給換算した金額。余暇をとらなかった場合の所得。(潜在的賃金所得)

時間を含むモデルの付け値関数

定義2.1から、このモデルの付け値は、以下の様に表される。但し、仮定2.1仮定2.2、仮定2.3が成り立っているとする。

 \Psi (r, u) = max_{z, s, t_l} \{ \dfrac{I(r) - z - W t_l}{s} | U(z, s, t_l) = u \}  \tag{2.45}

効用制約  U(z, s, t_l) = u z について解くと下記の様に、制約式のない形の付け値関数が得られる。

 \Psi (r, u) = max_{s, t_l}  \dfrac{I(r) - Z(s, t_l, u) - W t_l}{s} \tag{2.46}

そして、 (s, t_l) の最適な選択のための1階の条件は、

 -\dfrac{\partial Z}{\partial s} = \Psi (r, u) \ , \ \ \dfrac{\partial Z}{\partial t_l} = W \tag{2.47}

である。

いくつかの有用な恒等式

 S(r, u) ≡ \hat{s} (\Psi (r, u), W, I(r)) \tag{2.53}

  •  S(r, u): 効用水準  u の元で付け値を最大にする土地需要。
  •  P_l: 余暇1単位の価格。
  •  \hat{s} (\Psi (r, u), W, I(r)): 土地に対するマーシャルの需要。

 S(r, u) ≡ \tilde{s} (\Psi (r, u), W, u) \tag{2.55}

  •  \tilde{s} (\Psi (r, u), W, u): 土地に対するヒックスの需要。

これらの恒等式を使うと、付け値の性質2.1、性質2.2、ルール2.1が、時間を含むモデルにも当てはまることが分かる。

また、距離に関する付け値の限界的変化も同様に、以下の通りである。

 \Psi_r ≡ \dfrac{\partial \Psi (r, u)}{\partial r} = - \dfrac{T'(r)}{S(r, u)} \tag{2.56}

  •  T(r) = ar + W b_r: 距離  r における総通勤費用。つまり、総通勤費用は、金銭的通勤費用と、通勤時間を時給換算した金額の合計である。(式2.44)
  •  T'(r) = a + Wb (式2.57)

所得が家計の立地に及ぼす効果 (命題2.1 / 命題2.2 / 命題2.3)

命題2.1'

他の条件が同じならば、高額の非賃金所得を得る家計は定額の非賃金所得を得る家計よりもCBDから遠くに立地する。

命題2.2

家計が純粋の賃金所得者であり、かつ、金銭的交通費用がゼロ (すなわち  Y_N = 0, a = 0) である場合、

  • (i)  \eta + \epsilon \gt 1 ならば、賃金率の上昇とともに家計の均衡立地点はCBDから遠ざかる。
  • (ii)  \eta + \epsilon \lt 1 ならば、賃金率の上昇とともに家計の均衡立地点はCBDに近づく。
  • (iii)  \eta + \epsilon = 1 ならば、賃金率は家計の立地に影響しない。
    •  \eta: 敷地規模の潜在的純所得弾力性
    •  \epsilon: 敷地規模の余暇価格に関する交差弾力性

上記(ii)は、東京のように都心部高所得者が住み、郊外に低所得者が住む状況を表している。

命題2.3

家計が純粋の賃金所得者であり、かつ、金銭的交通費用が正 (すなわち  Y_N = 0, a > 0) の場合、

  • (i)  \eta + \epsilon \geq 1 ならば、賃金率の上昇とともに家計の均衡立地点はCBDから遠ざかる。
  • (ii)  0 \lt \eta + \epsilon \lt 1 ならば、賃金率の上昇とともに家計の均衡立地点は当初CBDから遠ざかり、(2.64)で与えられる賃金率  \hat{W} を超えると賃金率の上昇は家計の均衡立地点をCBDに引き戻す。

上記(ii)は、ニューヨークのように、都心部高所得者低所得者が住む状況を表している。

また、(i)(ii)より、低所得者は常に都心部に住もうとすることが分かる。

2.5.2 家族構成モデル

ここでは、家族構成が住居選択に及ぼす効果を取り込めるように、2.5.1 時間を含むモデルを拡張する。

住居選択の家族構成モデル

 max_{r, z, s, t_l, t_W} U (z, s, t_l; d, n) \ s.t. \ \ z + R(r)s + nar = Y_N + n W t_W , \ \ t_l + t_W + br = \bar{t} \tag{2.65}

但し、

  •  U(z, s, t_l; d, n): 家計の効用関数。
    •  d: 扶養家族の数。
    •  n: 就労者の数。
  •  z + R(r)s + nar = Y_N + n W t_W: 家計の予算制約。
  •  t_l + t_W + br = \bar{t}: 各就労者の時間制約。

これは、2.5.1 時間を含むモデルでしたように、以下の様に書き換えることができる。

 max_{r, z, s, t_l} U (z, s, t_l; d, n) \ s.t. \ \ z + R(r)s + n W t_l = I (r, n) \tag{2.66}

但し、

  •  I (r, n) = Y_N + n W (\bar{t} - b r) - n a r

家族構成モデルの付け値関数

そして、付け値関数は、以下の様になる。

 \Psi (r, u) = max_{s, t_l} \dfrac{I (r, n) - Z (s, t_l, u; d, n) - n W t_l}{s} \tag{2.67}

但し、

  •  Z (s, t_l, u; d, n) は、 U (z, s, t_l; d, n) = u z について解いたものである。

家族構成が家計の立地に及ぼす効果 (命題2.4)

家族構成モデルにおいて効用関数が対数線形である場合、

  • (i) 家計の扶養家族が増加すれば、家計の均衡立地点はCBDから遠くなる。
  • (ii) 家計が純粋の賃金所得者から成る世帯であれば、均衡立地点は家計の通勤者-家族数比率  \dfrac{n}{h} によって順位づけられ、この比率が小さいほど立地点はCBDから遠くなる。
  • (iii) 家計が扶養家族のいない純粋の賃金所得者から成る世帯であれば、立地点は家族数 (すなわち、通勤者数) から独立である。

2.5.3 ミュースの住宅産業モデル

ここまでアロンゾの付け値関数の分析をしてきた。これに似てるが少し異なるモデルとして、ミュースの住宅産業モデルがある。産業モデルなので生産関数が登場する。

ミュースの住宅産業モデル

「各家計は  z + R_H (r) q = Y - T(r) という制約の元、効用関数  U(z, q) を最大化するように行動する。(2.70)」

「住宅産業の各企業は  R_H (r) F(L, K) - R(r) L - K を最大化するように行動する。(2.71)」

  • 家計は住宅サービスと呼ばれる集計的な財を消費する。
  •  R_H(r): 距離  r における住宅サービスの1単位の価格。
  •  q: 家計が消費する住宅サービスの量。
  •  z: 住宅サービスを除く合成財の量。
  • 住宅産業が土地  L と資本  K を使い、生産関数  F(L, K) に従って住宅サービスを生産する。
  •  R(r): 距離  r における地代。

基本モデルの変形として再定式化

ミュースの住宅産業モデルを基本モデルの変形として再定式化すると、こうなる。

 s ≡ \dfrac{q}{F(L,K)} L , \ \ k ≡ \dfrac{q}{F(L,K) K} \tag{2.72}

 q = F (s, k) \tag{2.73}

 R_H(r) = R(r) \dfrac{s}{q} + \dfrac{k}{q} \tag{2.74}

  •  s: 1家計当りの土地投入量。
  •  k: 1家計当りの資本投入量。
  • 住宅生産関数  F は規模に関して収穫不変であるとする。

(2.73)と(2.74)を(2.70)に代入すると、ミュースのモデルは、各家計が自ら土地および資本の投入量を選ぶ以下の縮約形モデルと同等になる。

「各家計は  z + k + R(r) s = Y - T(r) という制約の元、効用関数  U (z, F(s, k)) を最大化するように行動する。(2.75)」

新たな選択変数  k の追加を除けば、これは本質的に基本モデルと同じである。

住宅賃料付け値関数

住宅賃料付け値関数 (bid housing rent function) を以下の様に定義する。

 \Psi_H(r, u) = max_q \dfrac{Y - T(r) - Z(q, u)}{q} \tag{2.76}

但し、 Z(q, u) u = U(z,q) z について解いたものである。

記号の差異を除けば、これは本質的にアロンゾの付け値関数と同じである。従って、前節までの全ての結果が、ミュースのモデルについても成立する。